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竜山窯×PRODUCTS STORE
たっぷりな座談会

01 病室で、父の土まみれの靴を見て気付かされたこと
02 家族という味方がいるから、どんな失敗も怖くなかった
03 お金だけは動けない。むしろ、気持ちで動く方が大きい

<今回の参加者>
竜山窯 代表取締役 酒井竜彦
株式会社ユープロダクツ 代表取締役 平子宗介
PRODUCTS STORE 店長 長山晶子
インタビュアー・編集者 笹田理恵

撮影 加藤美岬

中央自動車道・土岐インターのすぐ東に位置する土岐市定林寺地区には、古くから多くの窯元や作り手が暮らしています。土もののライスボウルやマグカップなど日常の器を作る「竜山窯(りゅうざんがま)」は、高台の削りひとつとっても丁寧に、使う人を思い浮かべながらの仕事ぶりが器に反映されている窯元です。

素朴で飽きのこない風合い。作り手の人柄がにじみ出るような温かみのある器。この現在に至るまで紆余曲折を経て、家族で手を動かし、誰かの喜びを道しるべとして仕事をする酒井竜彦社長にお話を伺いました。取材中、土を触りながら出てくる言葉は、手に取ってくれる人の使いやすさや食卓のしあわせな光景。酒井社長の眼差しの先に映るものに触れさせてもらいました。

【竜山窯×PRODUCTS STORE
たっぷりな座談会】
01

病室で、父の土まみれの靴を見て気付かされたこと

平子 : 長くお付き合いをさせてもらっていて今さらですが、社長はおいくつなんですか?

酒井 : 私は、昭和39年生まれの58歳ですね。28でここへ入社し、家業を継いで30年になります。(20235月取材時)

元々は、別の仕事に就いていたんですか?

酒井 : 私は夜勤のサラリーマンをしていました。身なりがきれいな接客業で、こういう工場とは真逆のホコリが付いていたらダメな仕事をやっていて。その頃、忘れもしない平成42月、朝6時ごろ……夜勤中に自宅から電話があって、お父さんが急に苦しみだして病院に行ったと。それで雪が降るなか始発で帰ってきたんです。

長山 : 急な出来事だったんですね。

酒井 : 病室のドアを開けたらすごく苦しんでいる親父と背中をさすっているお袋がいた。その光景を目の当たりにして、これは大変なことになった……と思った時に、親父が病院に履いてきた靴、仕事場で常に履いていた土まみれでドロドロの靴が目に入ってきて。それでなぜか涙が止まらなくなってしまった。それまで自分は、毎朝革靴をピカピカにして出勤していて、きれいな環境の仕事が自分には合っていると思っていた。いつかは家を継がなきゃいけないけれど、いつになるんだろう、いつかでいいかな……と甘えている部分もあった。でも、親父の靴を見たら家業に対してすごく勘違いしている自分が存在していたのかと病院で苦しくなるほど泣いて気付いて。その時に、もう何とかするぞ。何とかしてこの家でやらなきゃ、と決めたのがここに入ったきっかけですね。

その当時は、竜山窯はどんな物を作っていたんですか?

酒井 : 昔はお寿司屋さんの湯呑みとかを作っていたんですよ。目先にあることをやり続けていけば一生が終わっていく仕事なのかと思っていました。先も見えず、新製品の必要性すら分からない。でも、やり始めたら同じ物が売れなくなっていく状況を実感したわけです。入社して1年ほどで新しい物を作っていかなきゃと肌で感じました。

平子 : 酒井社長が入られた頃は、お父さんのサポートはあったんですか?

酒井 : ありましたね。結局、親父は平成4年に入院して手術をして、平成7年に亡くなりましたが、その間は本当に必死でしたね。

長山 : 酒井社長が入社した頃は、磁器しかやってなかったんですか?

酒井 : 磁器ですね。

いまは、磁器の面影がないですね。

酒井 : 昔はメーカーの雰囲気、業界の人間性も含めて今よりドロドロしていたように感じられたんです。結局みんな同じような素材で似た物を作っているので、これを100円でできますか」とA社、B社、C社に聞いて、80円でもできますか、どこか60円でできませんか……みたいな商売が存在していたんです。とにかくそういったやり方を製品の力でなくすことができないかと、当時からすごく思っていた。いかに自社の技術と他にはない素材を駆使して独特な物の表現ができないかと考えたのが、いまのような土ものを始めたきっかけでしたね。

平子 : 磁器から土ものへ。新しい挑戦は、ともに働くご家族は反対しなかったんですか?

酒井 : 親父が亡くなってからは、カミさん、お袋、おじいちゃんとおばあちゃんと私の5人でやっていました。なので、全員を集めて「正式に力を入れてやっていきたいことがある。みんなどう思う?」と話した時に「あんたがいいようにやればいい」とみんな言ってくれた。その一言は、私の人生のターニングポイント。普段はうれしかった気持ちなんて何十年もすると忘れますけど、その感謝の気持ちは今も忘れないですね。そういう思いの中で仕事をさせてもらえるから心強かったし、失敗は全然怖くなかったです。

平子 : どんな物を作りたいか、社長の中に何かイメージがあったんですか?

酒井 : 学生の頃、ウィンドウショッピングがすごく好きで、当時はその影響がむちゃくちゃあると感じていましたね。時間があればいろんなものを見せてもらえた環境だったことが自分の中で大きかったんじゃないかな。何気に見ていたウィンドウショッピングで、この服はこんな色が出るのかって考えるのが昔から好きでしたし。

社長が「こうしたらかっこよくなる」とか美しいと感じるものを追求して、新しい物を生み出していったんですか?


酒井 : でも、自分の思うような物を作れば売れるのかどうかは分からないんですよね。なので、まずは美濃焼の中で皆さんがどんな物を作っているのか、いくらぐらい売っているのかを勉強しなきゃと、毎日23時間は商品カタログを見ていました。何百ページもある分厚いカタログだけど、何ページに何が載っているか言えるくらい覚えていました。その中には同じような器でも高いもの、お値打ちなものがあるんですよ。高級な値段がついている物は何が違うのだろうか。やっぱり技術だろうな……という思いの中でひたすらカタログを見ていましたね。毎晩カタログを見ていると意外と新しい発見があって、うちの環境で何ができるのか、自分が作りたいものは何なのか、そのバランスが取れるものが、いま作らなきゃいけないものだろうと感じました。でも実は、そこからも失敗まるけだったんですよ。見本を作ってもイマイチ。なんでこの色にならんのかな。なんでこんな風に焼けちゃうんだろうって。

何をやるべきか見えてきても、初めからうまくいったわけじゃないんですね。

酒井 : 窯を開ける時、毎日夢に見るんです。窯の中がぐちゃぐちゃになっている夢をね。やっぱりメーカーで一番重要なことは、製品がピチッと思うように焼けること。そこで初めて商売につながるじゃないですか。なんだかんだ言っても窯焼きはやっぱり「焼き」が一番大事。親父が亡くなって2年後、とにかく窯を作らなきゃと新しい窯を一台つくったんです。


長山 : それまでは一台でやっていたんですか?


酒井 : そう、ずっと還元で焼いていました。当時から酸化の良さを感じていたから、ある程度の借金が終わった時に酸化の窯を作りました。それからは釉薬の開発。世間にあまりない釉薬を出せるようになればうちの軸になるだろうと考えて。それがトルコ釉なんですよ。

長山 : トルコ釉は、年間で売れる人気商品ですね。

【竜山窯×PRODUCTS STORE
たっぷりな座談会】
02

家族という味方がいるから、どんな失敗も怖くなかった

平子 : 竜山窯は、社長のお父さんが創業されたんですか?

酒井 : 創業者はおじいちゃんです。昭和2425年だと思います。

ともに暮らす家族と仕事することについては、どう感じていますか?

酒井 : サラリーマンの時の決められた時間に会社に行ってピチッと仕事をこなして周りと楽しく過ごし、アフターファイブも飲みに行けるような生き方もすごく面白かった。でも、この歳になって私は自営ですごくよかったと思いますね。あくまでも人それぞれの生き方なので一概には言えないですけれど、なぜかというと常に家族の顔を見られるじゃないですか。これは大きいですよ。

平子 : 家業に入って最初から楽しいと感じられたんですか? 気持ちの変化というか、今の心境に至るきっかけがあったり。

酒井 : おそらく仕事の楽しさは、個人の気持ちとして楽しいと思っているのではなくて、家族が楽しそうに仕事をしているのを見て楽しい、ということじゃないかな。なぜみんなが楽しく仕事をできているのかは、自分たちが携わった物の評判が良い、売れているという気持ちの集合体だと思うんですよね。

平子 : みんなで目指す方向性が見えて、結果が生まれて、みんなが楽しく働けるようになってきたと。

酒井 : そういうことですね。

一緒に働くご家族が「好きなようにやっていいよ」と言ってくれた背景には、失敗もみんなで受け止める覚悟をしてくれていたんですかね。

酒井 : きっと私が入る前もいっぱい失敗していると思うんです。だから、失敗をすることの意味をみんなが理解してくれている。ものづくりに失敗は常だけど、やっぱり乗り越えていける気持ちがあるかどうかが大事な部分であって。

長山 : すてきなご家族だし、すばらしい仕事のチームですね。


酒井 : 私も強がっているものの、心の中では弱音を吐いてますよ。でも、そういう時でも、自分のことを応援してくれているみんながいると思えるだけで幸せ。亡くなった親父やおじいちゃん、おばあちゃんにも毎日感謝しています。私の中でその気持ちは揺るぎないし、すごく困ったとき肩を叩いてくれている気がするときもあるんですよ。

身近に味方がいると信じられるだけで、乗り越えられるものはありますよね。

酒井 : 小学1年生の孫が「昨日、ケンカしたから学校に行きたくない」と話していても、「おじいちゃんがいつでも応援してるで! みんなも応援してるで頑張ってこいよ」と言うと、顔色が変わってすごく元気に学校へ行きますよ。やっぱり仕事においても心強さが大事。しかも、生活をともにする中で、みんな互いを理解した心地いい人間関係になってくると商品がどんどん良くなるんですよ。

そうなんですね。やはり人間性や人との関係性が器に現れるものですか。

酒井 : 例えば、ご飯屋さんで機嫌の悪いコックさんと、ものすごくおいしいものを食べてほしいという気持ちで作るコックさんのスパゲッティ。どちらがおいしいですかと言ったら、同じ調味料や材料であるにしても、やっぱり後者だと思うんですよね。目に見えない、数字にも出ない部分というのは人の気持ちですから。僕も「こうすればいいわ」ではなく、「本当に使いやすくしたい」という気持ちで一つずつ作っています。


平子 : 使っていても酒井さんの作りの丁寧さはすごく感じます。お客さんはそういうところに敏感で、竜山窯の器が売れている理由の大きな要因だと思う。

先ほど工房を見させてもらいましたが、酒井社長はあらゆるところで細やかな工夫をしていました。お客様はその所作までは想像できないけれど、生活の中で使いやすさ、心地よさは感じ取れる。そう考えると同じような材料や形でも全く違う物なのだと思います。

平子 : ある意味、商品に手間をかけない方が商売としては効率的ではある。どこまで消費者に伝わるか分からないところを、いかに手をかけていいものを作るかって、やっぱり作っている方がどこを目指しているかによって変わってくる。その目標がないとやろうとは思わない。

酒井 : 陶器って固くて冷たいものじゃないですか。機械で作れば均一な大きさに均一に釉薬がかかって、工業製品として素晴らしい物ができる。ただ、やきものの温かみという面では、そう感じられる理由があるんですよ。例えば、釉薬がこの程度つくためには、この土の柔らかさで作った方がいいとか。そういう細かいことの積み重ねが温かさ、使いやすさにつながる。それがうちのブランドなのかなと。表には出していない、心の中でのブランドだと思いますね。

【竜山窯×PRODUCTS STORE
たっぷりな座談会】
03

お金だけは動けない。むしろ、気持ちで動く方が大きい

平子 : 以前、人気アイドルがドラマで使った飯わんの注文が竜山窯さんに殺到したことがあって。そもそも問合せが多いだけでも大変だし、できませんと言えば済む話だけど、一人一人に対応されて、奥さんが必ず手書きのメッセージを商品に添えていたり。便箋がなくなって買い足すほど。これでたくさん売れたらラッキーとかじゃなく、わざわざ連絡をくれた人に対して感謝の気持ちを持っているから手書きのメッセージを添えられる。やっぱり気持ちが姿勢に現れている。

それはファンの方がECサイトで見つけたんじゃなくて、竜山窯さんに直接お問い合わせをして購入されていたんですか?

酒井 : そうです、テレビの影響力ってすごいですよね。毎日ゆうパックで発送していたんですけど、ゆうパックのクルマに一回で乗るんかな?ぐらいの量で。

長山 : すごい……

酒井:その時は連絡をくれた人たちが、荷物のふたを早く開けて見たい、手に取った時にすごく喜ぶ気持ちを考えたらどんどん送ってあげたいと思って。それが一個売るといくら儲かるとか一切そんなことは考えない。ただ喜んでもらいたいという思いだけでしたね。

短期的かつイレギュラーなことにもかかわらず、そこまで一人一人にお気持ちを配れるのはすごいです。

酒井 : 商売ではありますけど、世の中ってお金ばかりじゃ動けないことがいっぱいありますよ。気持ちで動く方がむしろ大きいかもしれない。すっごいお金を儲けられたとしても何に使うんですかって話で。志があって、夢に対してお金が必要な人たちはどんどん儲けるべきだと思います。逆に、人よりも儲けたい、人を傷つけてでもお金を自分のものにしたいという考えは必ず反動が来ますから。

会社が続いていくこと、次世代についてはどう考えていますか?

酒井 : 自営業における難しさは、どんな風に世代交代をしていくか。交代する人間と世代を継ぐ人間、継いだ人間がどんな志でやるのかという、乗っかり方やタイミングがすごく大事だと思うんです。やっぱり基本的に物を作るのが楽しいという感性の人間でないとレベルを上げていくのは難しいんじゃないかな。そのきっかけは教えてあげられるかもしれないけれど、そういう思いを持ってやり続けられるかどうかは人間性をかけるしかないですよね。……でも、孫が土で何かを作っている姿を見て、将来こんな風に窯焼きをやってくれたら、そんないい人生ないだろうなとも思います。

長山 : 幼い頃から土を触っているとものづくりが好きになりそうですね。

酒井 : そうですよね。……振り返るとただ自然体でいただけなのに、理想的なことになっていると感じる時があるんですよね。こんな自分なのになんでかなって。もうこのまま家業は終わるのかもしれないけど、まずは僕らが頑張れるところまで頑張ろうというところからですね。

仕事のこと以外で、将来やってみたいことはありますか?

酒井 : もっともっと歳をとった時に、この町のジオラマを作ろうと思って。定林寺地区で7月第一土曜に九万九千日祭(七夕祭り)があるんです。暗い中で提灯をともす独特の雰囲気で一度見ていただきたい。その祭りを何か形で表現できないかなと思っていて材料だけちょこちょこ集めてるんです。歳を取ったら音楽を聴いてコーヒーを飲みながらジオラマを作る時間ができればいいかな。なかなか難しいけど目標は大事ですよね。

平子 : 自営業は定年がない良さもあるじゃないですか。ずっと家族に頼りにされて、仕事で張り合いがあるというのは健康の秘訣ですよね。

酒井 : そうですね。家族で朝から仕事して、お風呂に入って寝るまでずっと一緒ってむちゃくちゃ特殊ですけどね。すごいでしょう。

ここまで本当に紆余曲折を経て、目指す未来があり、そこに家族の皆さんが賛同されて成り立っている。それがすごいプロセスだと感じます。

酒井 : でも、一人では本当に何もできない。少しでも自分の思いを感じてもらった人に協力していただいて、初めて一つのものに向かって進んでいける。だから、やっぱり話をして、自分の気持ちを相手に伝えて理解してもらって、その人と何ができるのかという進め方をしないといけない。究極そこが全てじゃないかな。

平子 : 本当にそう思います。

酒井 : あとは、困った時に親身になって話し合いができて次に進む先が見つけられるかどうか。それは心の開放ができているかどうかが大事なんじゃないでしょうか。例えば、釉薬でもできないと言われることはたくさん出てくるけれど、それ以上は一切やりませんという釉薬屋さんなのか、代替えで似たようなところまで挑戦してくれる釉薬屋さんなのかで生まれる結果は天と地ほど違ってくる。これからは、どんな取引先の人とお付き合いしているかどうかが間違いなく影響していきますよね。

平子 : 流動性がある仕事なので、毎週うちの社員が伺って生産管理の打合せをさせていただくんです。例えば、天気が悪くて土が乾燥しない、社長の体調が悪いとか、日々起こることがあるので共有していただき、進捗さえ分かればいろいろな手が打てるので。

酒井 : 注文書の紙だけじゃなく、話し合いを重ねると注文書の奥が見えてくるはず。

平子 : 我々商社とメーカーさんのやり取りの中で、僕はずっとジレンマがあった。メーカーさんに商社が無理を言ってしまったり、メーカーさんも全てを商社に伝えずトラブルになったり。うまくやれているようでやれてないというか、どこかで壁があったと思う。コミュニケーションがもっとうまく取れたら健全だし、チームとしてのパフォーマンスが上がるんじゃないか。それはお互いの利害が一致するはず。お客さんの方を向いている酒井社長だからこそ、情報を共有しながら、いかにお客さんにお役に立つかという視点でチームとして動いていけるとより一層いい連携になると思う。

酒井 : 小さな産地で同じような同業者はいっぱいいる。見えないルールも昔からあったし、業界内でしか分からない壁もいくつもあった。でも、かなり削ぎ落としてきていますよね。だから互いが生き生きと、仕事に集中できるようになっているのも事実だと思います。

産地としての連携、原料や次世代などの課題は多いけれど、良くなっている部分もたくさんあるんですね。

酒井 : あります。むしろ、昔よりも自分たちが進みたい方向やアイデアに向かうのは今の方が容易くなっていると思いますね。だから、窯業が好きで、こういう仕事がやりたいという若い方がいたら、これからさらにすごい業界になるはずだから、そういった方はどんどん応援したいですね。